知財論趣

生物進化と視覚

筆者:弁理士 石井 正

生物の進化
 地球が誕生したのは、およそ46億年前とされますが、地球誕生から7億年経過した後の39億年前には生命が誕生したようです。生命といってもバクテリアとか藻類、単細胞生物程度のもので、複雑な生命というものは存在していなかったのです。こうしたバクテリアや藻類の時代はおよそ30億年は続きますから、生命の歴史のほとんどはこうした単純な生命の時代であったとも言えるでしょう。その後に多細胞動物が登場します。海綿動物や刺胞動物、節足動物などで、生命の世界は豊富な種類から構成されるようになります。この後にカンブリア紀が続くのです。

カンブリア紀
 生物の長い歴史のなかで,カンブリア紀は極めて重要な時期であって,今から5億4300万年前から4億9000万年前のときでした。なぜ重要なのでしょうか。それは動物の多様性が一挙に増えたときであって、生物の進化がこのときに著しく進んだからなのです。生物の種類は厳密な階層によって分類されます。それを見ていくと、界-門-亜門-綱-目-亜目-科-属-種 というように階層によって分類されています。界は動物界で、これは植物界と並びます。この動物界にどれほどの門が存在するかといえば、38の動物門が進化によって誕生したのですが、この38の動物門のうちカンブリア紀の前、すなわち5億4000万年前の時代においては、わずかに3動物門しか存在していなかったようです。それがカンブリア紀が終わる4億9000万年前までには、38の動物門のほとんどが進化の爆発によって突如として登場したのです。歯や触手や爪や顎をもち、奇妙奇天烈な形態を有する動物もさまざまに登場したのです。だからカンブリア紀は進化の爆発期とも称されるのです。なぜカンブリア紀に進化が爆発的に進行したのでしょうか。

視覚の獲得
 カンブリア紀に進化が一挙に進行した有力な理由は、生物が視覚を獲得したこと、すなわち眼を得たためとみられています。補食動物にとって、視覚があることは絶対的な有利性を獲得することとなります。当時、動物の多くは海のなかにいましたが、生きていくにはなんらかの食糧を得なければなりません。補食動物の場合には、食べるべき相手を迅速に発見していくことが補食の大前提です。最初の眼を獲得した動物は三葉虫です。続いてさまざまな動物が眼を獲得していきます。この時代の眼を獲得した補食動物の代表がアノマロカリスで、頭部に二つの眼があり、当時、最強の補食動物でした。
 補食動物が眼を獲得して圧倒的な優位を形成するとなると、補食される側も眼を獲得して、補食からいち早く逃げなければなりません。視覚のない補食される動物はかたはしから補食されていきますから、残るのはわずかな視覚を有するものだけとなるでしょう。視覚を得た補食される動物は素早く逃げることで進化は視覚を中心に一挙に進みます。そうなれば補食する側もさらに一層、補食能力を高めなければ生き残れません。鋭い歯や爪を獲得し、大型化して補食能力を高めるのです。他方、補食される側も相手の攻撃能力の向上に対応して、まず視覚を獲得した上で、これに加えて逃げる能力を高めていかなければならないわけです。それは生きるか死ぬかのまことに厳しい進化の競争でした。だから動物が眼を獲得したカンブリア紀に、進化が爆発的に進行したのです。
 カンブリア紀における爆発的な進化の原因に、眼の獲得を指摘したのはオーストラリアの動物学者で英国オックスフォード大学のアンドリュー・パーカーです。彼の著書「IN THE BLINK OF AN EYE」(邦訳は『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』草思社)を読んだ時には、まさに目から鱗が落ちる思いをしたものです。

視覚をもつロボット
 筆者は今、まことにささやかなものなのですが、小型ロボットを製作中です。しっかりと設計された製作キットで、サーボモータが20個近くあり、これらを指示されるままに組み立てていけば、完成時には自立歩行でき、AI機能とインターネットを活用して、かなりのレベルで会話ができるそうです。興味深いことに、この小型ロボットには眼があるのです。視覚をもつロボットなのです。この視覚によって、相手の人物を認識し、識別した上でロボットの方から声を掛けるのだそうです。ロボットを製作しつつ、そしてロボットが朝、会った人物に声を掛ける姿を想像しつつ、アンドリュー・パーカーの著書を思い出しました。