植樹への精神
山青し
海外へ出かける際に成田の空港を離陸する時、また帰国の時に日本の上空にさしかかるといつも感じるのが、日本の山は青いということです。東海道新幹線で、米原のあたりを通るときも緑の美しさを感じます。どの山もすべて緑におおわれ、山青しという美しい言葉が実感される時ですね。外国の山にはこれほど樹木はありません。
日本の山が緑におおわれているのは、自然にそうなっているのではなく、多くの努力があって、その結果山に樹木があると考えなければなりません。それというのも日本の山のほとんどは自然林ではないからです。人の手によって植えられた植樹林であり、営々とした植樹の努力の積み重ねの結果なのです。
植樹の努力
戦時中、国家総動員の名の下、山々の樹木は切り倒されていき、それが戦後の台風の時に大洪水をもたらしました。筆者はキャスリン台風とキティー台風の時に東京の下町にいて、洪水の怖さを身をもって味わっています。その後、洪水防止のために全国の山々に国を挙げての努力により植樹がされていったのです。こうした植樹の重要性を国全体として認識しているからこそ、年一回、全国植樹祭が開催され、天皇陛下がご参加されるのでありましょう。
以前、興味深いテレビ番組を見ました。足尾銅山の煙害によって周囲の山々の樹木がすべて枯れてしまい、それを回復させる地元の人々の努力の足跡を映像にしたものです。急傾斜の山肌にへばりつき一本一本植樹していくのです。しかしわずかの雨でもそれらは流されていきます。植えた小さな苗木が雨で流されないための様々な努力と失敗。最後にようやく植樹が成功し、今では立派な緑溢れる山々となっているのです。日光の中禅寺湖東側にある山に登ると、その足尾の緑溢れる山々が眼に入ります。
文明史の大家、ジャレド・ダイヤモンドはこうした日本の植樹への努力を高く評価し、それが日本の文明を崩壊から守ってきた要因のひとつであると言うのです。
江戸時代の政策転換
江戸時代の中期、日本の人口は2700万人前後で平衡状態に入り、資源や食糧生産なども平衡状態になりました。平衡状態になると、どこかの資源等が少なくなりバランスを欠くと、それが他へ影響して全体の平衡を崩し文明全体の崩壊に結びつくこととなります。実は平衡状態どころか、かなり危機的な状況に直面していたのです。それは戦国時代から江戸時代初期までの間に山の木々の多くが伐採され、多くの山々はほとんど禿げ山状態になったためです。広重による浮世絵「東海道五十三次」を見るとそうした禿げ山の姿を見出すことができるでしょう。
1700年、幕府はこうした状況に危機感をもち、これを大きく変えるために政策転換をします。森林管理のまことに緻密なシステムを作り上げ、これを日本全国に適用していったのです。コンラッド・タットマンによれば、そのシステムとは山の樹木に対して、「誰が、何を、どこで、何時、どのように、どの程度、どんな価格で取引することができるかを明確に指定する」ことを目的にしたものでした。実に立派なことに江戸幕府はこの管理システムを日本全国にもれなく適用し、広げていったことなのです。
軽井沢の森林の場合
例えば現在の軽井沢近辺の森林に関しては、1773年の調査では面積7.7平方キロの森林に4114本の樹木があり、うち3541本は良質樹木であること、この4114本のうち、5年後の1778年に収穫可能なのは外周2メートルの78本、外周1.5メートルの293本、さらに外周30センチから1メートルの低木針葉樹255本であるとなっています。これほどまでに詳細に山の樹木について調査を行っていることは驚きでもあります。日本のどこの山の森林もすべてこうして調査され、どれ程の樹木が生育しているか把握されていて、当然、誰もが勝手に山の樹木を切り倒すなどということはできません。すべてはお上が管理する貴重なる資源であるという認識がこの時代から形成されていったのです。
多くの国では
それに比べて他の多くの国々では山や丘陵の自然樹木を徹底的に伐採していきました。ある時は農業に必要な農地を作るため、またある時は鉄を作るために木炭が必要であるから樹木を伐採し、また羊を放牧することにより樹木の若芽は羊の食糧となり、森林の再生はまったく不可能となったのです。今では地中海周辺はほとんど岩だらけの土地となっていますが、昔は樹木に覆われていたのです。レバノン杉等は高さ40メートルになる巨樹で、レバノンやシリア等の高地に多くあったのですが、伐採によって今ではごくわずかに残るのみとなっています。樹木を伐採しても、その地域の文明が直ちに滅びることはありません。他の地域から資源を運びこんでくることができるのならば文明はやっていけるでしょう。ただそれができないと文明は滅ぶしかありません。イースター島がその典型的な事例でありました。
植樹の精神を大事にしたいものです。
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