知財論趣

最適技術の選択

筆者:弁理士 石井 正

最適技術の選択
 技術開発において、しばしば大きな課題になるのが技術の選択です。既存の技術のうちどれを選択して組み合わせるかが、開発の成否を分けることが度々あります。選択される技術はすでに知られていて実際に幅広く使用されている場合でも、そのうちの最適技術を選択し、うまく組み合わせると想像以上の技術効果を発揮する場合があります。発明が特許されるか否かの条件のうち、進歩性の問題は最も重要な要件なのですが、この場合においても最適技術の選択により、思わざる技術的効果を発揮した場合には、それぞれの要素技術は公知であったとしても、そこに進歩性があるとして評価されることがあります。筆者は随分前、ドイツ・ミュンヘンのドイツ科学博物館でその分かりやすい事例を目にしたことを、昨日のことのように記憶しています。

V2ロケット
第二次世界大戦中にドイツが開発した兵器にV2ロケットがあります。大型ロケット兵器であって、戦後の宇宙開発に大きな影響を与えた技術革新兵器とも評価されています。欧州の友人たちと話しているときに、いまでもこのV2という表現は禁句とも言えるもので、厳しい批判の対象ともなっているようです。そうした批判はあるにしても、ロケットの技術進歩へ与えた影響は大きく、宇宙開発へも大きな影響を与えました。何しろそれまでのロケットとは比較にならないほどの規模と技術を有していたのです。高さ14m、離陸時重量は13トンもあり、その多くは液体燃料が占めていました。ジャイロによる姿勢制御を行い、飛距離400キロというものでした。通常の高度は80キロ程度なのですが、垂直に飛行させると高度400キロに到達させることができました。

ミュンヘンのドイツ科学博物館
国際会議がドイツのミュンヘンで開催され、それに参加したのが1991年でした。今から27年前のことです。せっかくの機会ですから、ミュンヘンのイザール川沿いにある科学博物館に見学に行きました。実はささやかな狙いがありました。V2ロケットが展示されていることは知っていましたから、それを見たいという目的があったのです。V2ロケットは液体燃料で飛ぶ大型ロケットで、その姿勢制御はジャイロからの信号を真空管回路で増幅し、サーボモーターから燃料噴射口に設けた黒鉛製の推力偏向板を制御するものです。ジャイロも真空管回路もサーボモータも、ロケット上部のいわば頭部に配置されています。ところが推力偏向版は当然のことですが、燃料噴射口に設けますから、ロケット上部のサーボモータから推力偏向板までの14メートルの距離をどのような方法でその制御量を伝えるかが大きな課題となります。それを知りたかったのです。

様々な技術選択肢
歯車伝動は、14メートルという距離を考えると到底、適しているとは思えません。ベルト伝動は、ロケットのあの凄まじい振動を考えると、スリップが生じ果たして正確に制御量を伝え得ることができるものか疑問です。金属シャフトの回転で伝えることもあるでしょうが、これまたロケットのあの大変な振動を考え、しかも14メートルの距離を考えるとかなり難しいのではないかと考えざるを得ないのです。ちなみにゼロ戦やメッサーシュミットなど第二次世界大戦で活躍した航空機の制御は、ほとんどが金属ワイヤーでした。操縦士が操舵すると、その量をワイヤが尾部の水平尾翼や垂直尾翼へ伝え、その位置を変化させるのです。尾翼などの変化量を柔らかく制御し、その変化を操縦士が感知して修正できるので、良い方法とされています。しかしこれはロケットには使えないでしょう。ロケットの場合、人が操縦しているわけではないので、微妙な変化量を伝える方式はかえって問題となるのです。
 さて、ミュンヘンの博物館で見たV2ロケットはどうであったのでしょうか。内部が確認できるようにロケット外壁の一部がくり抜いてありました。そこで見つけたものに、思わず声を出しそうになったものです。自転車のチェーンが使われていたのです。ロケット頭部から14メートル下の燃料噴射口までをチェーンで繋ぎ、制御量はチェーンの歯、一つずつで伝えるというわけです。制御量は簡単なデジタル方式で伝達するというわけです。これならばロケットの凄まじい振動にも耐えることができ、しかも14メートルの距離を隔てていても正確に制御量を伝えることができるでしょう。天才技術者フォン・ブラウンが発想し、決定したと推測できます。最適技術の選択のよい事例を目にしました。