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知財論趣

知財論趣
累積ロイヤリティ料率
弁理士 石井 正
  1. アップル対サムソン事件
     判決からは既に2年半を過ぎているのですが、知的財産高等裁判所の平成26年5月16日判決の、債務不存在確認請求事件(アップル対サムソン事件)の判決はまことに重要な内容を含むもので、これからのライセンス交渉や損害賠償請求の時に、常に参考とされることとなるでしょう。さまざまな機会にこの判決は紹介されていますから、あらためてその事件内容を詳述することは省きますが、第3世代移動通信の標準に関わる特許権についての実施許諾のロイヤリティ額に関して、アップル社が特許権者であるサムソン社に対して、簡単に言えば、その請求額が高すぎるとして債務不存在確認の請求をしたものです。判決において裁判所は、標準技術に関わる特許権については個々の必須特許に対するライセンス料の合計額は経済的に合理的な範囲内に留まる必要があると判示しています。
  2. 最大累積ロイヤリティ額
     この事件における第3世代移動通信の標準に関しては、必須となる特許権は500件以上存在しています。標準に関しての必須特許権ですから、それらすべての特許権を使用しない限り、その技術標準は実施できないわけです。そうした場合に、500件以上の必須特許権を保有する特許権者にはどれほどの額のロイヤリティを支払うべきかが問われます。判決では「ある規格を実現するためには多数の必須特許が存在することがしばしばある。このような場合、個々の特許権に対するライセンス料率の絶対値が低廉であったとしてもライセンス料の合計額は当該規格で準拠することが経済的に不可能になるほど不合理に大きなものとなる可能性がある」と判断しています。そのうえで「個々の必須特許についてのライセンス料のみならず、個々の必須特許に対するライセンス料の合計額(累積ロイヤリティ)も経済的に合理的な範囲内に留まる必要があると解するべきである」と判断しています。
     要するに500件を超す特許権を使用しないと技術標準を実現できない場合、各特許権のロイヤリティのその合計額が経済的に合理的な範囲内に留まる必要があるとしたわけです。判決では、その累積ロイヤリティの経済的に合理的な範囲としてはおよそ5%という数字も示されています。500件の特許権の全体として5%のロイヤリティということとなれば、個別の特許権のロイヤリティは、平均で0.01%という低廉なロイヤリティという考えかたになります。しかもその携帯電話の機能のうち、第3世代移動通信に関わる機能の占める割合も考慮して、携帯電話の価格のうちその移動通信機能の比率分のみにロイヤリティは適用するというものでした。
     もちろん、こうした考えはこれまでももちろんありましたが、この判決では明確にその考えを示したものとして注目されるのです。この考えを基本とするならば、これからの特許権実施許諾契約にも適用されることでしょうし、また損害賠償請求でも賠償額を決定する際の参考とされることでしょう。ただこの事件は国際的な技術標準に関わる特許権に関するものであり、特許権者はこの技術標準を作成する会議に対して、標準関連特許権についてはFRAND条件で実施許諾することを約束しているという前提があります。FRAND条件とは、公正、合理的、非差別に実施許諾するというものです。しかしこうした標準に関わる特許権において確立した合理的なライセンス条件は、標準に関わらない特許権についても順次、拡大して適用されていくことが考えられます。
  3. 歴史にみる累積ロイヤリティ料率
     判決でいう経済的に合理的な累積ロイヤリティ料率とはどの程度のものを意味するのでしょうか。判決ではおよそ5%程度と言及していますが、参考として過去のさまざまな累積ロイヤリティ料率をみてみましょう。
     参考となるのが、米国RCA社によるラジオに関する特許の実施許諾契約です。RCA社は、無線技術に関する特許権のプール会社として米国政府の指導の下に設立された会社です。無線技術特許が集められ、使用を求めるラジオ製造会社にはそうした集められた無線技術特許権全部を非差別に実施許諾したのです。その特許使用料は、当初は7.5%でしたが、1932年には5%に下げていきました。RCA社はこの特許料収入をテレビの研究に投じ、その開発に成功したのです。同様にテレビの特許権についてもRCA 社は白黒テレビ、カラーテレビについて3.5%ととし、1961年には白黒テレビは3%に引下げ、さらに1963年には2.7%、1968年に1.6%、1970年に1.3%へと引下げていきます。他方カラーテレビの特許権については1970年に2.3%としたものです。要するにRCA社はその保有する特許権すべてについて、実施を求める者に対しては、製品価格の2%から5%程度のロイヤリティを支払うことを条件として、その使用許諾をしてきた歴史があります(テレビジョン学会「テレビジョン技術史」1965年)。また、米国のIBM社は、コンピュータの特許権すべてについて、使用希望する日本企業に対して、5%のロイヤリティ支払を条件に使用許諾しています。
     個別企業のパテントプールの事例としては、キャノン社のレーザービームプリンタの一括ライセンス条件も参考となるでしょう。キャノン社はレーザービームプリンタについては1万件を超す特許権を保有していますが、使用希望会社に対しては、2.21%のロイヤリティ支払を条件に使用許諾しています(東京地裁平成15年(ワ)23981号補償金請求事件平成19年1月30日判決)。  こうした事例を参考とすると、標準技術あるいは新技術商品に係る特許権全体についてその累積ロイヤリティ料率を5%とすることは、相応のバランスある水準であることが理解できますね。
(平成29年1月4日記)

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