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知財論趣

知財論趣
著作権信託管理の可能性
弁理士 石井 正
  1. 遺産としての著作権
     筆者の知り合いが数年前に亡くなった。精力的に著作活動をされてきた方であるだけに、亡くなったときに困ったのが、著作権の取り扱いであったという。亡くなってさまざまな困難に直面するというのは通常、遺族なのであるが、彼の著作権に関しては、困ったのは実は出版社であった。生前、彼はかなりの種類の著作を世に出している。その出版のなかには日本を代表する立派な出版社からのものもある。その出版社は良書を出版し、長い期間、版を継続することでも有名である。そうなると著作者が死亡した後も著書は発行され、さらに版も二版、三版と続いていく。
  2. 遺族への著作権料の支払い
     著作者が一人であるならば、普通、出版社はその著作者の遺族と相談して、その遺族に著作権料、すなわち印税を支払うことで対応していく。ご存知のように日本の著作権法は著者の死後50年間、著作権を保護するという仕組みとなっている。欧州、米国等は死後70年であるから、いずれは日本も50年から70年に権利期間が延長されることも考えられる。それはさておいて、ともかく出版社は著者の死後50年間は遺族に著作権料を継続して支払っていくわけである。普通は著作者が死亡した後も新たな版が出て行くような息長い出版はそれほど多くない。だからなんとか出版社も著作権管理をすることができているわけである。
  3. 共同著作で息長い出版の場合
     ところが知り合いの場合、技術史に関わる大部な古典書を、多くの研究者たちを組織して翻訳をして、これを出版したのである。英語、ドイツ語、ギリシャ語、ラテン語などからなる元の著書は専門家からみれば極めて高く評価されるもので、知り合いたちによる翻訳もまたその内容は関係者からきわめて高く評価され、確か、どこかの賞の栄誉にも輝いたはずだ。それだけに日本トップクラスの出版社から文庫本でも別途、出版したいとの提案があったようなのだ。文庫本の場合、今後、長く版を重ねることと思われる。この場合に翻訳に関わった多数の著者の存在がややこしいこととなる。知り合いが生きている時には、彼が著者代表として、すべてこれら翻訳協力者と連絡し、その所在地から連絡方法まで管理していた。ところが中心人物が死亡した時から、その管理のすべては出版社が行わなければならなくなる。その翻訳の場合、研究者50人以上が協力していたのである。
  4. 多数の著者の膨大な数の遺族への支払い
     仮にそのうちの一人でも所在が確認できず、版を重ねることの了解を得られず、著作権料を支払うことができないとなれば、ややこしいこととなる。もっと困ることは著作者が死亡した後、関係する遺族がその遺産の取り扱いでトラブルとなるときである。その著作権料は遺族のうちの誰が受け取るのか、特定の遺族に支払った後、他の遺族が不満を言い、争いになると大変である。通常は、すべての著作権者の了解と適正な著作権料の支払いがあってはじめて出版が行い得る。著作権の期間は今は死後50年までであるが、死後50年を経過したときの遺族の数は、想像以上に多くなるものである。それらの遺族にトラブルなく著作権料を支払うことが如何に困難なことかは、容易に想像できる。いずれは著作権の期間は70年にまで延長されることだろう。そうなるといよいよ著作者の死亡後の著作権料の適正な支払いシステムを作っておかなければならない。
  5. 著作権信託制度
     そう感じていたところに、新聞にある出版社の広告が掲載されてあり、その隅に「著作者保護制度のお知らせ」という欄が用意されてあった。そこにつぎのような説明がされてあった。
     「弊社では、今後新規に出版契約をするすべての著作者に対して、金銭的権利を保護することを目的に、大手都市銀行の協力を得て『著作者保護制度』を開発しました。この制度は、著作者の印税や出版委託金を信託財産化し、第三者が管理するシステムです」。
     出版社が都市銀行と共同で著作権信託制度を作ったわけである。これにより出版社は著作者に対して、あらかじめ著権料等はこの信託制度のなかで取り扱われることの了解を得ておいて、この制度から著作権者に著作権料が支払われることとなる。そうであれば仮に著作権者が高齢となり、死亡後に多数の遺族がいらして、その間で遺産の取り扱いでいろいろともめて困ったと言う場合でも、出版社はあくまでも著作権料はこの信託財産制度の方で対応してもらうことができる。煩瑣な手続や相談、それに遺族間での調整等に出版社は一切、手を出さずに済む。この仕組みですべてが解決するとも思えないのであるが、ただ現実の課題に対する一つの解決方法であることは確かである。
(平成25年6月1日記)

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