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知財論趣

知財論趣
日本技術の風土と文化 (1)
弁理士 石井 正
  1. 緑溢れる風土
     東海道新幹線で岐阜から滋賀のあたりを通過するとき、山間の狭い水田に丁寧に田植えされた稲が美しく映えるのが印象的である。特に梅雨の6月の頃がよい。風土がそこに住む人々の性格とか生活に大きく影響することはたしかである。日本はアジアの東にある島国であるが、気候は温暖、アジア・モンスーン地帯であるから雨量も多く、水田稲作に適していて、狭い国土の割には多くの人口を養うことができる。  狭い土地でも多くの人口を養うことができるということは、土地の生産性が高いということではあるが、それぞれの土地は山に隔てられていて、そこに数十戸の家が生活する村があるというのが普通である。
  2. 丁寧に改良を重ねる文化
     明治のはじめの頃、西欧からお雇い外国人が来日して、農業をはじめ林業、土木、建築、機械等の近代科学技術を教育していった。そうしたお雇い外国人である農業の専門家が日本の水田を見て、これは農業ではない、園芸であると言ったそうである。
     そうした美しい水田は、西欧でいう農業という範疇に入るものではないとみたのである。西欧でいう農業とは、広々とした農地に小麦なら小麦一種類を牛や馬を使いつつ、大規模に生産する。それが農業であった。今でもフランスやドイツ、イタリアの田舎に行くと、そうした農業が営まれている。
     ところが日本においては、関東平野などは特別として、一般的には山間の猫の額ほどの狭い水田を苦労して作り、利用してきた。だから西欧の標準からすれば、それは農業ではなく、野菜や果物を作る園芸であるとみてとったのも不思議ではない。
     西欧の農業が大規模で、牛馬を活用し後にはトラクターを活用しての機械や動力活用型へと発展していったのに対して、日本では異なる方向へ進化した。稲作を中心とした農業は、牛馬の利用や機械力の利用は放棄し、狭い耕地を村とその構成員である家族が丁寧に手を掛けていく方式であった。
  3. 小規模家族で努力していく
     江戸時代の新田開発が頂点に達し、それ以上の農地の開発はできないとされた頃、それまでの農家は、大家族型から夫婦と2人あるいは3人の子供からなる小家族が農業労働の基本となっていった。努力した結果はすべて自分たちのものであるから、たとえ猫の額の狭い水田であれ畑作地であれ、ともかく勤勉に努力して作柄をよくしようとしていった。こうした村を中心に、江戸時代前から穏やかに生活をしてきたというのが日本の原風景ではないだろうか。農業をするにしても、米を作るだけでなしに、綿や蚕、さまざまな野菜等を作る努力をしていった。  
  4. 江戸時代の農業研究
     そのためにはあらゆる改良を積み重ねていった。品種改良を見ると、尾張の畑作物の品種だけでも、粟が161種、稗が75種、大麦143種、小麦65種、蕎麦21種、大豆129種と記録されている。これだけの品種が記録されていることは、その中から最善のものを利用するという品種改良の意図が見える。
     江戸時代の農業研究家であった大蔵永常は肥料が重要であるとし、下肥、水肥、泥肥、魚肥、油肥、鳥肥等々を詳細に記述している。これも少しでも作柄をよくしようとする農民の意欲を反映したものであるし、工夫と努力による農業を示すものであった。
  5. 江戸時代は苛斂誅求か
      勤勉に農業をしていても、結局は厳しい年貢の徴収で農民は貧窮していたのではないかという批判もあるかもしれない。五公五民などといって、収穫の半分も年貢に持っていかれたのでは、農民はやる気がなくなり、貧窮の底にあったのではないかという見方である。
     ところが実際には大きく異なっていた。信濃国の原村は松代藩の領地であるが、天保5年の村高は849石であり、年貢米は419石であった。年貢率は49%であり、まさに五公五民といってよい。ところが明治初年の調査では、米の生産高は1713石であり、これに大麦が378石、小麦283石、大豆47石、菜種69石が収穫されていて、これらを米に換算する全部で2340石となり、実質的な年貢率はわずかに18%となる。
     そうであれば農民たちは勤勉に努力して、少しでも収穫を増やそうと工夫もし、その品質をよくしようとする。勤勉革命であった。もちろん教育に熱心で、遊芸にも関心を持った。俳諧、連歌などは武士と町人、農民が対等に会を作り、楽しんだ。江戸時代と言えば、封建制を連想し、暗いイメージが強いのであるが、他の国と比べてみれば、想像を超えて平和で教育的で豊かな国であった。
     これが風土とあいまって、その後の日本技術の性格に反映していったとみている。
(平成25年1月4日記)

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