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知財論趣

知財論趣
東西古書店探訪
弁理士 石井 正
  1. 活字中毒という病
     かなりの活字中毒である。一日に一回は書店に顔を出さないと気持ちが落ち着かない。常に鞄には3冊以上の本は入れておく。こういうのは強迫神経症の一種ではないだろうかと、やや心配になってしまうほどだ。一体いつ頃から、始まったか。どうも記憶では小学2年生の頃の、「十五少年漂流記」、「クオレ物語」、「海底5万マイル」あたりを読んだ頃からではないかと思われる。多分、活字中毒の細菌かウイルスに、この時、感染したにちがいない。その後は少年朝日年鑑を一冊、隅から隅まで読んでみたりというわけで、症状は悪化の一途をたどってきている。
  2. 書店めぐり
     書店があれば、とりあえずは覗いて見るという習性があるものだから、書店に対する評価、目利きはそれなりに自負するものがある。書棚をざっと見て、その店の考え方、営業方針、グレードなどの評価は一発である。新刊書店などでは、どこも同じではないかと言うが、そうではない。やはり書店によって、その方針がきちんと出てくる店がある。東京の新橋と虎ノ門にある「書源」という店は、新刊大規模店なのであるが、その店の入り口、つまり一番重要で客の目に触れる場所に、わざわざ美術書を置いている。かなりのこだわりであって、気持ちよく愉快である。
  3. やはり古書店
     しかし特徴が出るのはなんといっても古書店である。東京の神田神保町は世界にも稀な古書店街を形成していて、その規模・内容とも、世界トップといって過言ではない。ロンドンにはチャリングクロスというエリアがあって、世界でも知られている古書店街となっているが、神保町の比ではない。ここは高級古書が中心であって、店には入りにくい。その点、神保町は八木書店や北沢書店、一誠堂という海外にも知られたまことに立派な古書店の隣に、3冊500円の古本を売る店が堂々と店を構える。店の数、扱う古書の幅の広さ、店の見識、どれをとっても神保町古書店は立派である。各店にはそれぞれ専門分野があり、大学の研究者といえどもまずこの神保町の古書店に御指導を受けるということすらある。
     この神保町を高校一年の頃から、月に一度くらいはさまようのが習性である。高校生の頃は自由にできるお金は限界があり、したがって店の前に置かれた格安本がチェックの対象であった。さすがにこの頃は書棚に目を通すのであるが、それでも習性というものは恐ろしいもので、今でも本能的に格安本の棚が気になる。
  4. 神保町の風景
     御茶ノ水から駿河台下へ右に明治大学を見ながら、下っていく。途中に「文庫川村」がある。文庫専門の店で、ほぼ45年前に毎日のように通った店である。駿河台下には文芸古書で有名な三茶書房があり、高校生の頃は必ずのぞいたものであるが、今は文芸書に関心がなくなってしまったせいか、まず寄らない。
     むしろその先の東陽堂書店あたりからが書棚に目を通す古書店ということとなる。なにしろそこから神保町にむかって古書店は無数とも言えるほど並ぶ。とりあえず記憶のまま店を列挙すれば、村山書店、悠久堂、一心堂、小宮山書店、田村書店、厳松堂図書、松村書店、一誠堂、明倫館書店、高岡書店、大雲堂書店と続く。これらの店は、まずは一通りあいさつはしておく。書棚に目を通すのである。
     神保町の交差点を渡り、岩波のビルを過ぎると再びなじみの古書店がならぶ。なお岩波のビルの裏側に「厳南堂書店」がある。歴史書、法律書が揃っていて、2階でゆっくりと探し、古書を読んでいると、まことに豊かな気分になれる。
     靖国通りに面しては山陽堂書店、北沢書店、波多野書店、日本特価書籍などがなじみだ。北沢書店に入る時は、やや緊張する。店構えからして他店とは格が違うという印象を与えるし、また用意する古書がまた水準が高いのである。
  5. 大阪の古書店
     大阪の大学に通うようになってからは、大阪の古書店を開拓することとなった。神保町のなじみの店に尋ねたところ、なかなか立派な古書店があるという。事実、そうであった。梅田周辺では、「高尾書店」、「萬字屋書店」、「中尾松泉堂」、「梁山泊」、「杉本梁江堂」、「加藤京文堂」などそれぞれ店の考えがあって、立派である。特に一定のエリアに古書店が集中しているのはよい。阪急三番街の古書の街、あるいは第一ビルのあたりである。
     残念なのは、このうちの高尾書店で、梅田の第1ビルに店を構えていたのであるが、ついに店を閉めてしまった。棚にある古書はそれぞれかなり選んだものばかりで、店主の水準の高さを示していた。聞くところによれば、司馬遼太郎が常に通った古書店だったそうだ。それだけにこうした店が閉めてしまうのは残念なことである。
  6. 千林大宮という地域
     大阪というと商売の街という先入観があるが、古書店を見ていくとそれほど単純ではない。勤務していた大学は大阪の下町といってもよい千林大宮の駅の近くに立地していた。周辺に三軒の古書店があり、そのうち一軒はなかなかの内容である。千林大宮はダイエーの第1号店を出した街でもある。この古書店の店主の見識が立派である。話していて気持ちがよい。もちろん棚にある古書を眺めてもそれが反映している。当方がかなりの量で買っていくものであるから、店主の方も気合いが入って随分とよい本を仕入れてきた。こういうものは店と客の呼吸のようなものである。
  7. 天牛書店がおすすめ
     そうしたなかで大阪で一番に推薦する古書店はどこかと聞かれれば、それは迷わず南森町の天牛書店と答える。この天牛書店は本店が地下鉄緑地公園駅のそばにあるが、筆者が通うのは南森町店の方である。どちらもよい店である。なにしろ店にある古書の量が多く、しかもかなりしっかりと選んでいる。それでいながら価格は安いのだ。当方も古書店には随分と通っているから、古書の価格にはかなり詳しい。棚の本を手にして、さっと見て、およそその価格を想像した上で、本の裏表紙に書いてある価格を見てその差異を確認すると、それほどの違いはない。天牛書店の場合、筆者の想定価格よりも常に低いのであるから、これは絶対にお買い得と言うこととなる。
     
     考えてみれば、江戸時代には大阪は日本の出版センターであった。平成の時代にあっても、きちんとした内容のある古書の店が大阪のそれぞれのエリアにあっても不思議ではない。東西それぞれに古書店があり、なじみの店を訪ねる楽しみはまた格別なものがある。
(平成24年4月2日記)

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