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知財論趣

知財論趣
音楽情報の記録メディア変遷
弁理士 石井 正
  1. 音楽鑑賞というささやかな趣味
     私にはいわゆる趣味というものはたくさんあるが、そのほとんどがいわゆる雑趣味というもので、自慢のできるようなものはない。そうしたなかでのささやかな好みの一つに音楽、それもクラシック音楽の鑑賞がある。月に一度、読売日響の定期演奏会に夫婦で通うのであるが、やはり基本は家で音楽情報記録メディアからの音楽を楽しむ。このために集めてきたコンパクト・ディスクは総数1500枚くらいあるだろうか。この大量のディスクを収納するための専用の棚も数年前に作った。父が家具の職人であったため、物心ついたときから、父の傍にいて木工に関わっていた。だからそうした棚を作る等というのは、言葉通り、朝飯前のことなのである。
  2. 記録メディアの思い出
      現在、保有している音楽情報の記録メディアはコンパクト・ディスクであるが、ここに来るまでには好きなクラッシック音楽のソース・データをまことに様々な蓄積メディアに格納し、それをコレクションしてきたものである。一体、どれ程の世代のメディアを利用してきたことか。今から思えば、それらはすべて次の世代のメディアに交代したわけであるからそのほとんどは無駄になったのであるが、それぞれに思い出は深い。苦労が多い程、思い出深いとはいうが、まさにその通りであった。
  3. まずは音楽放送から
      昭和34年、高校に入り、隣に座ったまことに変な、あるいはひどく天才的な友人からクラシック音楽というものを教えてもらった。それまで音楽環境などとはまったく無縁なところで育ってきただけに、衝撃であった。世の中にはこういうものがあったのかというまことに率直な驚きであった。NHKの「音楽の泉」という番組であっただろうか、その放送の時にはラジオの前で緊張と興奮の入り交じった高ぶった精神状況でクラッシック音楽を聴いたことを、妙によく覚えている。好きな時にクラシック音楽を聴きたい。どうしようもなく発熱した。
  4. そこでSPレコードを集める
    しかしレコードを買うにも小遣いがない。当時、最も低価格な音楽情報記憶メディアはソノシートというものであった。薄いプラスチックシートをレコード盤のように溝を熱と加圧で印刷のようにして形成するのではないだろうか。本の付録に付いてくるようなもので安かった。ところがこれは音がよくない。それに見た目もよくない.なにかペラペラしていて、西欧の高尚な音楽文化に近づいていくときのメディアとしてはふさわしくないと高校生は単純に考えるのであった。そこでたどり着いたのが、上野と御徒町の間の旧国鉄ガード下にあった中古レコードショップで、そこに戦前のSPレコードが埃にまみれて棚の一番下、はっきり言えば土間に積み上げてあった。これが安かった。一枚50円もしなかった。戦前のよい演奏のものを選び、集めていった。クライスラーのヴァイオリン小曲集等はこのSPではじめて聴いたのである。ところがどうにもしようのない欠点があった。演奏時間が短いことと、ひどく重いのである。それこそ床が抜けるのではないかと、心配するほどの重さであった。1枚2枚ならばよい。ところが200枚となると想像以上の重量であった。
  5. 次は中古LPレコード
    大学に入り、アルバイトをして小遣いにも余裕ができてくると、中古LPレコードを買っていった。SPレコードからLPレコードへのメディアの転換であった。有楽町の橋のそばにあった中古のレコード店がその供給源であった。なにしろ当時のLPレコードは高価であったから、到底、手が届かない.そこで中古LPがターゲットとなる。月に1枚から2枚のレコードを探す。曲目と演奏家を頭に入れておいて、値段の安い中古のものが出ていないかを、それこそ目を皿のようにして探す訳である。
  6. オープンリールのテープレコーダ
    しかしLPレコードは本質的に高価であった。このままでは好きな作曲家と演奏家による音楽ライブラリーを構築することは生涯、無理ではないかと考えた。貧乏学生の限界を正しく認識していたわけである。そこで中古のテープレコーダを買ってきて、それに放送局の払い下げテープを使い、FM放送から録音するという手口に注目した。もちろんオープンリールのテープレコーダで、テープレコーダも中古テープもすべて秋葉原のあのガード下のジャンク屋で買った。米国3M社のオープンリール磁気テープをNHKが使用した後、払い下げる、これが狙いめであった。テープには多くの曲が録音されるから、テープの量が増えると、どこに何の曲が録音されているか、分からなくなる。そこでそれぞれに録音カードまで作って、整理するほどにこだわった。
  7. カセット・テープレコーダの登場
    ところがオープンリールのテープレコーダは使い勝手が悪い。音質はよいが日常的にいつも音楽を聴きたいというと、これは結構、面倒なものである。そこにカセット・テープレコーダが登場したのである。特許庁に入り、審査官となり、審査の仕事をはじめた頃のことである。周囲には同じ病の患者が多くいて、仕事の帰りに新橋の居酒屋で同病患者達とカセット・テープレコーダはオープンリールと比べれば、音質が駄目だとか文句を言ったり、批判したり、議論したことを変に思い出す。しかしそうした文句は山ほどあっても便利さには勝てず、結局、コレクションはこのカセット・テープで統一したのであった。
  8. 次はコンパクト・ディスクの時代
      このときに録音したカセット・テープの量たるや、すさまじいもので、音楽ソース・コレクション戦争もこれで結着かとしみじみ思ったものである。ところがそこにコンパクト・ディスクが登場したのであった。これはまったく革命的なものであった。アナログのカセット・テープレコーダの音質の悪さにあらためて落胆した。アナログのテープレコーダの場合、どうしても熱等によってテープが少し伸びたりする。これはそのままワウやフラッターの原因となる。音がぶれるのである。ピアノ曲の場合、これがひどく気になる。ところがデジタルではこうした問題はまったく発生しない。衝撃であった。それまでの膨大な量の録音済みカセット・テープを涙とともに廃棄処分して、ここからコンパクト・ディスクのコレクションがスタートし、今に至り、1500枚である。
  9. ジュークボックス型のコンパクト・ディスク・プレーヤへ進化
      ところがこのコンパクト・ディスクをいつも聴いているとなると、そのローディングが至極、面倒である。机に向かっている時には常に音楽を聴いていたい。そうであれば原稿書きや読書を中断してのコンパクト・ディスクの差し替えが、かなり面倒なものとなる。そこで秋葉原を探しまわり、ジュークボックス型のコンパクト・ディスクのプレーヤを探し出した。300枚のコンパクト・ディスクを収納することができ、自動的に次々とローディングしてくれる。これはこれで優れものであったが、なにか欠点がある。長く聴いていると発熱のためだろうか、しばしばトラブルを起こす。どうにも満足がいかない。
  10. 最終解決はハード・ディスク
       紆余曲折の末の最終的解決は、コンパクト・ディスクに記録された音楽情報を圧縮しないでそのまますべてハード・ディスクに格納するという手口であった。テラバイト級のハード・ディスクを用意して、そこにコンパクト・ディスクの音楽情報をすべて蓄積する。1枚のコンパクト・ディスクの情報量はおよそ500メガバイト程度であるが、それを情報圧縮しないまま400枚分程度を蓄積できる記録メディアを活用しようというわけである。このためのプレーヤが数年前にソニー社とヤマハ社から発売されたとの情報を得て、早速、入手した。これはなかなかの優れものであった。デジタル情報をアナログ情報に変換する部分と、アナログ情報以降の回路設計がオーディオマニアとしてはこだわりたいし、実際に重要であるが、両社製品ともに充分に満足できるだけのものがある。
  11. 日本の電子機械技術の歩みとともに
     15歳の高校生の時に始まったクラッシック音楽狂いもいまや50年間を超す長期の遊びとなってきた。この間の音楽ソース収集の苦労も今ではすべて懐かしい。現状のやりかたが究極の方式であるとそれぞれ信じて、これまでやってきたのであるが、ここにきて、再び現在の方式の変更の可能性が出てきたことを感じつつあるところである。コンパクト・ディスクというデジタル音楽ソースを購入し、それを自宅のハード・ディスクへ蓄積してコレクションとしているわけであるが、現在のように通信技術とコンピュータ技術がしっかりしてくると、なにも各人がそうした膨大な音楽ソース・コレクションを保有する必要はないのではないか。必要になったときに、その都度、ネットを通じて音楽ソースを入手すればよいのではないか。クラウド・コンピュータというが、こちらはクラウド・音楽ソースということでよいのではないかと、最近、音楽を聴きながらつくづく考えているところである。
     SPレコード収集に始まり、ハードディスクまできた音楽情報記録メディアの収集変遷は、戦後の日本の電子機械技術の歩みそのものであった。これまでの収集の苦労もすべては懐かしく感じるのも、音楽を聴くという楽しみに加えて、それぞれの時代の電子技術の進化に関わることを楽しみにしていたからなのかもしれない。
(平成23年6月20日記)

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